ろしゅうござったろう。犬どもはみな追い払うた。心安うおぼされい」
女は黙って軒下からすう[#「すう」に傍点]と出て来た。彼女はまだ被衣を深くしているのを、千枝太郎は月明かりで覗きながら訊いた。
「玉藻でないか」
言いかけて彼はぎょっとした。被衣を洩れた女の顔は譬えようもないほどに悽愴《ものすご》いものであった。彼女の眼は怪しくさか吊って火のように燃えていた。彼女の口は獣《けもの》のように尖っていた。千枝太郎は再び眼を据えてよく視ると、それは一時のまぼろしで、月に照らされた女の顔はやはり美しい玉藻に相違なかった。
「犬に取り巻かるるは怖ろしいものじゃ。男でも難儀することがある。別に怪我もなかったか」と、彼は摺り寄って又きいた。
玉藻はやはり黙っていた。異常の恐怖に囚われて、彼女はまだ息も出ないらしかった。千枝太郎は加勢の人に頼んで、家《うち》から水を持って来てもらった。その水をのんで、玉藻はようよう我に返ったらしく見えたが、それでもただ黙礼するばかりで、ひと言も口へは出なかった。人びとに挨拶して別れて、千枝太郎は玉藻を送って行った。
「お前にはいろいろ恩になりました」と、玉藻は途中
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