少年と少女とは、清水《きよみず》の坂に立って、今夜の月を仰いでいるのであった。京の夜露はもうしっとりと降《お》りてきて、肌の薄い二人は寒そうに小さい肩を擦り合ってあるき出した。今から七百六十年も前の都は、たとい王城の地といっても、今の人たちの想像以上に寂しいものであったらしい。ことにこの戊辰《つちのえたつ》の久安《きゅうあん》四年には、禁裏に火の災《わざわ》いがあった。談山《たんざん》の鎌足公《かまたりこう》の木像が自然に裂けて毀《こわ》れた。夏の間にはおそろしい疫病がはやった。冬に近づくに連れて盗賊が多くなった。さしもに栄えた平安朝時代も、今では末の末の代になって、なんとはなしに世の乱れという怖れが諸人の胸に芽を吹いてきた。前に挙げたもろもろの災いは、何かのおそろしい前兆であるらしく都の人びとをおびやかした。
そのなかでも盗賊の多いというのが覿面《てきめん》におそろしいので、この頃は都大路《みやこおおじ》にも宵から往来が絶えてしまった。まして片隅に寄ったこの清水堂《きよみずどう》のあたりは、昼間はともあれ、秋の薄い日があわただしく暮れて、京の町々の灯がまばらに薄黄色く見おろされる頃
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