何事をか言おうとするとき、奥から一人の侍が出て来た。
侍は胡乱《うろん》らしく玉藻をじろじろ眺めているので、玉藻は丁寧に会釈して、主人の入道に取次ぎを頼むと、侍は更に彼女の顔を睨むように見て、すぐに内へ引っ返して行った。
「あれは右衛門尉成景《うえもんのじょうなりかげ》というお人じゃ」と、千枝太郎は彼のうしろ姿を見送って教えた。
「見るから逞《たくま》しそうな。さすがは少納言殿のお内に侍《さむら》う人ほどある」と、玉藻はうなずいて、さてまた語り出した。
「のう、千枝太郎どの。くどくも言うようじゃが、お前どうでもわたしに逢うのはいやか。今宵にはかぎらぬ、あすでもあさってでも……。関白殿のお屋形へまいって、玉藻に逢おうと言うてくれたら、わたしはきっと首尾して出る。これ、どうでもいやか。どうでも応《おう》とは言われぬか」
彼女はくれないの唇を男の耳にすりつけて囁《ささや》いた。
女のうす絹に焚きこめた甘いような香の匂いは千枝太郎のからだを夢のように押し包んで、若い陰陽師の血は俄に沸き上がった。強い夏の日を仰ぐ彼の眼はくらくらと眩《くら》んできて、彼は真っ直ぐに立っているに堪えられないよ
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