足らない狭い川であったが、音もなしに冷《ひや》びやと流れてゆく水の上には、水と同じような空の色が碧《あお》く映って、秋の雲の白い影も時どきにゆらめいて流れた。低い堤は去年の出水《でみず》に崩れてしまって、その後に手入れをすることもなかったので、水と陸《おか》との間にははっきりした境もなくなったが、そこには秋になると薄や蘆が高く伸びるので、水と人とはこの草むらを挟んで別々にかよっていた。それでも蟹を拾う子供や、小鮒《こぶな》をすくう人たちが、水と陸とのあいだの通路を作るために、薄や蘆を押し倒して、ところどころに狭い路を踏み固めてあるので、二人もその路をさぐって水のきわまで行き着いた。そこには根こぎになって倒れている柳の大木のあることを二人は知っていた。
「水は美しゅう澄んでいるな」
二人はその柳の幹に腰をかけて、爪さき近く流れている秋の水をじっと眺めた。半分は水にひたされている大きい石のおもてが秋の日影にきらきらと光って、石の裾には蓼《たで》の花が紅く濡れて流れかかっていた。川のむこうには黍《きび》の畑が広くつづいて、その畑と岸とのあいだの広い往来を大津牛が柴車をひいてのろのろと通った
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