たあざ笑った。
「天狗でも人間でも、こちらで悪いことさえせにゃなんの祟りもいたずらもせまいよ」
「わしらがなんの悪いことをした」と、婆は膝を立て直した。
おお、悪いことをした。となりの娘を遊女に売ろうとした――と、千枝松は負けずに言おうとしたが、さすがに躊躇した。
「悪いことせにゃ、それでよい。悪いことをすると、今夜にも天狗がつかみに来ようぞ」
こう言い捨てて、彼はここの店さきをつい[#「つい」に傍点]と出ると、出逢いがしらに赤とんぼうが彼の鼻の先きをかすめて通った。彼は忌《いま》いましそうに顔を皺めながら、隣りの家の門《かど》に立つと、柿の梢がまず眼にはいった。「しッしッ」と、彼は足もとにある土くれを拾って鴉を逐った。その声を聞きつけて、藻は縁さきへ出た。
「千枝ま[#「ま」に傍点]か」
二人はなつかしそうに向き合った。さっきの白い蝶が千枝松の裾にからんで来たらしく、二人の間にひらひらと舞った。
三
行綱の病気を見舞ったあとで、千枝松と藻とは手をひかれて近所の小川のふちに立った。今夜は十三夜で、月に供える薄《すすき》を刈りに出たのであった。
幅は三|間《げん》に
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