心の底には忠通を押し傾けようと企んでいるやからが、殿上には充ち満ちておる。お身はまだ知らぬか」
 忠通と頼長、この兄弟の不和は師道も薄うす知らないでもなかったが、忠通の敵が殿上に充ち満ちているなどとはちっとも思い寄らないことで、それは恐らく彼のひがみであろうと思った。自体関白の様子は昔とよほど変わっている。質素な人物がだんだんに驕奢に長じてきた。温厚な人物がだんだん疳癖《かんぺき》の強いわがままな性質に変わってきた。殊にこの頃は病いに垂れ籠めているので、疳癖はいよいよ昂《たか》ぶって、あらぬことにも心を狂わすのであろう。それに逆らっては好くないと考えたので、師道は素直に彼の言うことを聴いていた。
「それじゃに因《よ》って、玉藻の儀もこの忠通の口から申しいづると、きっと邪魔するやからがある。就いては大納言、お身から好《よ》いように申し立ててはたもるまいか。お身は初めて玉藻を見いだした御仁じゃ。そのお身から申し勧むるに於いては、誰も表立ってさえぎる者もあるまい。どうじゃ。頼まれておくりゃれぬか」と、忠通は重ねて言った。
 時の関白藤原忠通卿が詞《ことば》をさげて頼むのである。師道はこれに対
前へ 次へ
全285ページ中158ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング