して故障をいうべきようもなかった。まして、自分は年来その恩顧《おんこ》を受けている。玉藻を彼に推薦したのも自分である。これらの関係上、師道はどうしてもこの頼みを断わるわけにはいかない破目になっているので、彼はやはり素直に承知した。
「御懇《ぎょこん》の御意《ぎょい》、委細心得申した。あすにも参内《さんだい》して、万事よろしゅう執奏《しっそう》の儀を……」
「おお、取り計ろうてたもるか」と、忠通は子供のように身体をゆすって喜んだ。
いろいろの打ち合わせをして、師道はやがて関白の前をさがると、入れ代って玉藻が召し出された。忠通は笑《え》ましげに彼女に言い聞かせた。
「万事は大納言が受け合うてくれた。心安う思え」
「ありがとうござりまする」と、玉藻も晴れやかな眼をして会釈した。
雨はその日の夕方からひとしきり降りやんで、鼠色の雲が一枚ずつ剥《は》げてゆくように明るくなった。その明るい大空の上には赤い星が三つ四つ光っていた。この時代の習いで、亥《い》の刻頃(午後十時)には広い屋形の内もみな寝静まって、庭の植え込みでは時どきに若葉のしずくのこぼれ落ちる音がきこえた。今夜は蛙も鳴かなかった。
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