う、えらい群集《ぐんじゅ》じゃ」と、一人の若者が半ば開いた扇をかざしながらつぶやくと、その声に気がついたように一人の翁が肩を捻じ向けた。
「おお、千枝ま[#「ま」に傍点]でないか。久しいな」
それは山科郷の陶器師《すえものつくり》の翁《おきな》であった。
声をかけられて千枝太郎もなつかしそうに摺り寄った。
「翁よ。ほんに久しいな」
よい相手を見付けたというように、翁も摺り寄ってささやいた。
「お身、藻を見やったか」
「藻……。藻がきょうもここへ見えたか」
「おお、半刻ほども前に、見事な御所車に乗って来た。おれは車を降りるところを遠目に覗いたが、今は玉藻と名が変わっているとやら……。名も変われば人も変わって、顔も姿も光りかがやくばかりの美しさ、おれは天人か乙姫さまかと思うたよ。偉い出世じゃ。いくら昔馴染みでも、もうおれたちはそばへも寄り付かれまい。ははははは」と、翁はむかしとちっとも変わらない、人の善さそうな笑顔をみせた。
藻――それは千枝太郎に取って、堪え難いように懐かしい、しかも身ぶるいするほどに怖ろしい名であった。彼女は果たして魔性の者であろうか。千枝太郎は明かるい日の下で
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