《きじょ》のように、彼女は薄絹の被衣《かつぎ》を眉深《まぶか》にかぶって、屋形の四足門からまだ半町とは踏み出さないうちに、暗い木の蔭から一人の大きい男が衝《つ》と出て来て、渡辺の綱のように彼女の腕をしっかりと掴んだ。
「あれ」
 振り放そうともがいても、男はなかなかその手をゆるめなかった。彼は小声に力をこめて言った。
「騒がれな、玉藻の前。暗うても声に覚えがござろう。われらは実雅じゃ」
「おお。少将どのか」と、玉藻はほっとしたらしかった。「わたくしは又、鬼か盗人かと思うて……」
「その鬼よりも怖ろしいかもしれぬぞ」と、実雅は暗いなかであざ笑った。「お身はこの宵にどこへ参らるる」
 玉藻は立ちすくんで黙っていた。
「法性寺詣でか、兼輔と連れ舞うて……。はは、何をおどろく。お身たちのすること為《な》すこと、この実雅の耳へはみな筒抜けじゃ。われらが今宵、大納言|師道《もろみち》卿の屋形へ歌物語を聴きにまいろうと存じて、四条のほとりへ来かかると、兼輔めが人待ち顔にたたずんでいる。何してじゃと問えば、これから法性寺へ叔父御の見舞いにゆくという。その慌てた口ぶりがどうやら胡乱《うろん》に思われたの
前へ 次へ
全285ページ中139ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング