ないと思ったので、彼は扇をかざしながらあたりを見まわした。
「しばらく此処《ここ》に待たれい。強く降らぬ間に笠を求めてまいる」
河原の柳の下蔭に玉藻をたたずませて置いて、彼は人家のある方へ小走りに急いで行った。雨の糸はだんだんに繁くなって、彼の踏んでゆく白い石の色も変わってきた。玉藻は薄い被衣《かつぎ》を深くかぶって、濡れた柳の葉にその細い肩のあたりを弄《なぶ》らせながら立っていると、これも俄雨に追われたのであろう。立烏帽子のひたいに直衣《のうし》の袖をかざしながら急ぎ足にここを通り過ぎる人があった。彼は柳のかげに佇《たたず》んでいる女の顔を横眼に見ると、ひき戻されたように俄に立ち停まった。
玉藻もその人と顔をみあわせた。彼は千枝松であった。しばらく見ないうちに彼はもう立派な男になって、その男らしい顔がいよいよ男らしくなっていた。彼が昔の烏帽子折りでないことは、その清げな扮装《いでたち》を見てもすぐに覚られた。
しかし千枝松は黙って立っていた。玉藻も黙って眼を見合っていた。
「藻でないか」と、しばらくして男は声をかけながら近寄った。
藻と千枝松は四年振りでめぐり逢ったのである。
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