。その藻の父が長くわずらっているので、彼は自分の父を案じるように毎日見舞いに来た。そうして、藻が清水へ夜詣りにゆくことを一七日の後に初めて知って、彼はいつになく怨んで怒った。
「なぜわしに隠していた。幼い女ひとりが夜道《よみち》して何かのあやまちがあったらどうするぞ。わしも今夜から一緒にゆく」
 彼は叔母の許しをうけて、それから藻と毎夜一緒に連れ立って行った。強そうな顔をしていても、千枝松はまだ十五の少年である。盗賊や鬼はおろか、山犬に出逢っても果たして十分に警護の役目を勤めおおせるかどうだか、よそ目には頗《すこぶ》る不安に思われたが、藻に取っては世にも頼もしい、心《こころ》丈夫な道連れであった。彼女は千枝松が毎晩誘いに来るのを楽しんで待っていた。千枝松もきっと約束の時刻をたがえずに来て、二人は聞き覚えの普門品《ふもんぼん》を誦《ず》しながら清水へかよった。
 その藻をそそのかして、江口の遊女になれと勧めた陶器師の婆は、たとい善意にもしろ、悪意にもしろ、千枝松の眼から見れば確かに憎い仇であった。彼が口をきわめて罵るのも無理はなかった。戸をたたいて嚇《おど》した位では、なかなか腹が癒《い
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