伏見から大津のあたりを毎日めぐり歩いて、呼び込まれた家《うち》の烏帽子を折っているのであった。したがって家にいる日は少ないので、千枝松は叔母と二人で毎日さびしく留守番をしていた。村こそ違え、同じ山科郷に住んでいるので、彼はいつか一つ違いの藻と親しくなって、ほかの子供たちには眼をくれないで、二人はいつも仲好く遊んだ。
「藻と千枝ま[#「ま」に傍点]は女夫《めおと》じゃ」
 ほかの子供たちが妬《ねた》んでからかうと、千枝松はいつでも真っ赤になって怒った。
「はて、言うものには言わして置いたがよい。わたしも父さまの病いが癒ったら、お前の叔母さまのところへ烏帽子を折り習いに行きたい」と、藻は言った。
「おお、叔母御でのうてもわしが教えてやる。横さびでも風折《かざお》りでも、わしはみんな知っている。来年になったら、わしも叔父御と連れ立ってあきないに出るのじゃ」と、千枝松は誇るように言った。
 千枝松は烏帽子折りの職人になるのである。藻もその烏帽子を折り習いたいという。そこにどういう意味があるのか、確かに理解していないまでも、千枝松の若い胸には微かに触れるものがあった。彼はいよいよ藻と親しくなった
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