緒《お》も思わずゆらいだ。彼は生ける天女のようなこの女人を、無下《むげ》に叱って追い返すに忍びなくなった。
「お身、それほどにも教化を受けたいと望まるるのか」と、阿闍梨は声をやわらげて言った。
 玉藻は無言で手をあわせた。彼女の白い手首にも水晶の数珠が光っていた。
「して、これまでに経文《きょうもん》など読誦《どくじゅ》せられたこともござるかな」と、阿闍梨はまた訊いた。
 もとより何のわきまえのない身ではあるが、これまで経文の片端ぐらいは覗いたこともあると、玉藻は臆せずに答えた。阿闍梨は試みに二つ三つの問いを出してみると、彼女は一いち淀みなしに答えた。さらに奥深く問い進んでゆくと、彼女の答えはいよいよ鮮かになった。いかに執心といっても所詮《しょせん》は女子である。殊に見るところが年も若い。自分たちが五十六十になるまでの苦しい修業を積んで、ようようにこのごろ会得《えとく》した教理をいつの間にどうして易《やす》やすと覚ったのか。阿闍梨は彼女を菩薩の再来ではないかとまでに驚き怪しんだ。世にはこうした女子もある。今までいちずに女人を卑しみ、憎み、嫌っていたのは、自分の狭い眼《まなこ》であったこ
前へ 次へ
全285ページ中116ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング