怒《ふんぬ》に焼けただれた。しかし彼が現在の位地《いち》として、さすがに一人の侍女《こしもと》の訴えを楯にして表向きに頼長を取りひしぐわけにもいかないのを知っているので、彼はあふるるばかりの無念をこらえて、しばらく時節を待つよりほかはなかった。
やがて彼は玉藻をなだめるように言った。
「頼長めの憎いは重々じゃが、氏の長者ともあるべき我々が兄弟《けいてい》墻《かき》にせめぐは頼長のきこえが忌々《いまいま》しい。そちをなぶったも酒席の戯れじゃと思うて堪忍せい。予もしばらくはこらえて、彼が本心を見届けようぞ」
玉藻をなだめるのは彼自身をなだめるのである。忠通はしいて寂しい笑顔をつくって、うつむいている女の黒髪を眺めていた。
「わたくしの堪忍はどのようにも致しまする。ただ、左大臣殿が、かりにも上《かみ》を凌ぐようなおん企てを懐かせられまするようなれば……」
「いや、その懸念は無用じゃ。彼は予を文弱と侮っているとか申すが、忠通は藤原氏の長者じゃ。忠通は関白じゃ。彼らがいかにあせり狂うたとて、予を傾けようなどとは及ばぬことじゃ。なんの彼らが……」
忠通は調子のはずれた神経的の声を立てた。そう
前へ
次へ
全285ページ中108ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング