聞けば決していい心持はしない。まして忠通と頼長とはその性格の相違から、うわべはともあれ、内心はたがいに睦まじい仲ではなかった。頼長が兄を文弱と軽しめていることは、忠通の耳に薄々洩れきこえていた。自分が氏の長者となったに就いては、器量自慢の頼長が或いは妬んでいるかもしれないという邪推もあった。きのうの饗宴にもすねたような風をみせて、碌々に興も尽くさずに中座したということも、忠通としては面白くなかった。それらの事情が畳まっているところへ、寵愛の玉藻からこの訴えを聞いたのである。忠通はもうそれを疑う余地はなかった。
「憎い奴」
 彼は腹のなかで弟を罵った。酔いの醒めない頭はぐらぐらして、烏帽子を着ているに堪えないほどに重くなってきた。現在の兄を蹴落としておのれがその位に押し直ろうとする、それが免しがたい第一の罪である。兄が寵愛の女を奪っておのれが心のままにしようとする、それが免しがたい第二の罪である。自体が温和な人でも、この憤りをおさえるのは余程むずかしそうに思われるのに、ましてこの頃はだんだんに志がおごって、疳癖《かんぺき》の募ってきたのが著しく眼に立つ折柄《おりから》である。忠通の胸は憤
前へ 次へ
全285ページ中107ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング