づけて、黒い雲のひとかたまりが家根の上へ低く舞いさがってきた。人間の限りない歓楽を天狗が妬んで、人も家も一緒につかんで眼の前の谷底へ投げ込もうとするのではないかとも恐れられた。そのなかでも心のきいた老人は呼んだ。
「ともかくも燈火《あかし》を早う。灯をともせ」
その声は嵐に吹き消されて遠くきこえなかった。給仕に侍《はべ》っている関白家の家来も、女も、あまりの怖ろしさに席を動くことが出来なかった。なにがしの大将、なにがしの少将も、この物凄い敵の前には言い甲斐もなく怖れ伏してしまった。実雅も勿論その一人であった。
「おびただしい嵐じゃのう」
忠通は表の闇を透かし視てつぶやいた。彼は玉藻を連れて丁度今ここへ出て来たのであった。清治も袖で烏帽子をおさえながら不安らしく言った。
「まことに怖ろしい嵐でござりまする。どこもかしこも真の闇になり申した」
「暗うてはどうもならぬ。早う燈火《あかし》を持て」
「はあ」
清治はうけたまわって引っ返そうとすると、またひとしきり強い嵐が足をすくうように吹き寄せて来て、彼は野分《のわき》になぎ伏せられたすすきのように両膝を折って倒れた。忠通も危うく倒れかか
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