どうして蜿《のたく》り込んだか知らねえが、大層な目方でせうね。」
「おれは永年この商売をしてゐるが、こんなのを見たことがねえ。どこかの沼の主かも知れねえ。」
 ふたりは暫くその鰻をめづらしさうに眺めてゐた。実際、それはどこかの沼か池の主とでも云ひさうな大鰻であつた。
「なにしろ、囲つて置きます。」と、吉次郎は云つた。「近江屋か山口屋の旦那が来たときに持ち出せば、屹と喜ばれますぜ。」
「さうだ。あの旦那方のみえるまで囲つておけ。」
 近江屋も山口屋も近所の町人で、いづれも常得意のうなぎ好きであつた。殊にどちらも鰻のあらいのを好んで、大串ならば価を論ぜずに貪り食ふといふ人達であるから、この人達のまへに持ち出せば、相手をよろこばせ、併せてこつちも高い金が取れる。商売として非常に好都合であるので、沼の主でもなんでも構はない、大切に飼つておくに限るといふ商売気がこの親子の胸を支配して、二匹のうなぎは特別の保護を加へて養はれてゐた。
 それから、二三日の後に、山口屋の主人がひとりの友だちを連れて来た。かれの口癖で、門《かど》をくゞると直ぐに訊いた。
「どうだい。筋のいゝのがあるかね。」
「めつぽう
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