荒いのがございます。」と、亭主は日本橋で彼の大うなぎを発見したことを報告した。
「それはありがたい。すぐに焼いて貰はう。」
 ふたりの客は上機嫌で二階へ通つた。待ち設けてゐたことであるから、亭主は生簀から先づ一匹の大うなぎをつかみ出して、すぐにそれを裂かうとすると、多年仕馴れた業であるのに、何うしたあやまちか彼は鰻錐で左の手をしたゝかに突き貫いた。
「これはいけない。おまへ代つて裂いてくれ。」
 かれは血の滴る手をかゝへて引込んだので、吉次郎は入れ代つて俎板にむかつて、いつもの通りに裂かうとすると、その鰻は蛇のやうにかれの手へきり[#「きり」に傍点]/\とからみ付いて、脈の通はなくなるほどに強く締めたので、左の片手はしびれるばかりに痛んで来た。吉次郎もおどろいて少しくその手をひかうとすると、うなぎは更にその尾をそらして、かれの脾腹を強く打つたので、これも息が止まるかと思ふほどの痛みを感じた。かさね/″\の難儀に吉次郎も途方にくれたが、人を呼ぶのも流石に恥かしいと思つたので、一生懸命に大うなぎをつかみながら、小声でかれに云ひきかせた。
「いくらお前がじたばた[#「じたばた」に傍点]したと
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