になるか知れない。両側の町家から大勢が出て来て、石でも棒切れでも何でも構わない、手あたり次第に叩きつける。札差《ふださし》の店からも大勢が出て来て、小桶や皿小鉢まで叩きつける。
さすがの牛も少しく疲れたのと、方々から激しく攻め立てられたのとで、もう真直には行かれなくなったらしく、駒形堂《こまんどう》のあたりから右へ切れて、河岸から大川へ飛び込んだ。汐が引いていたと見えて、岸に寄った方は浅い洲《す》になっている。牛はそこへ飛び降りて一息ついていると、追って来た連中は上からいろいろの物を投げつける。牛はまた大川へはいって、川下の方へ泳いで行く。大勢は河岸づたいに追って行く。おどろいたのは柳橋あたりの茶屋や船宿だ。この牛が桟橋へあがって、自分たちの家へ飛び込まれては大変だから、料理番や下足番や船頭たちが桟橋へ出て、こっちへ寄せつけまいといろいろの物を投げつける。新年早々から人間と牛との闘いだ。」
「場所が場所だけに、騒ぎはいよいよ大きくなったでしょうね。」
「いや、もう、大騒ぎさ。ここに哀れをとどめたのは柳橋の小雛《こびな》という芸者だ。なんでも明けて廿一とかいう話だったが、この芸者は京橋
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