、年は十七、お正月だから精々お化粧をして、店さきの往来で羽根を突いているところへ一匹の牛が飛んで来た。きゃっ[#「きゃっ」に傍点]といって逃げようとしたが、もう遅い。牛は娘の内股を両|角《つの》にかけて、大地へどうと投げ出したので、可哀そうにその娘は二、三日後に死んだそうだ。そんなわけだから、始末に負えない。二匹の牛は大伝馬町から通旅籠町、通油町、通塩町、横山町と、北をさしてまっしぐらに駈けて行く。火消たちも追って行く。だんだんに弥次馬も加わって、大勢がわあわあ言いながら追って行く。そうして、とうとう両国の広小路へ出ると、なんと思ったか一匹の牛は左へ切れて、柳原の通りを筋違《すじかい》の方角へ駆けて行って、昌平橋のきわでどうやらこうやら取押えられた。」
「もう一匹はどうしました。」
「それが話だ。もう一匹は真直《まっすぐ》に、浅草見附、すなわち今日の浅草橋へさしかかったが、何分にも不意の騒ぎで見附の門を閉める暇もない。番人たちもあっ[#「あっ」に傍点]といううちに、牛は見附を通りぬけて蔵前の大通りへ飛び出してしまったから、いよいよ大変。この勢いで観音さまの方へ飛んで行ったら、どんな騒ぎ
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