雨が降って、暗いものすごい晩に相違ない。おそろしい蛇が……執念ぶかい蛇が……どんな姿をして来るだろう。(身をふるわせる。)ああ、どうしたらよかろう。ここで泣いていても仕様がない。ともかくも早く家へ帰って、おとっさんやおっかさんと相談するよりほかはあるまい。早くそうしましょう。
(娘は二つの衣《きぬ》をかかえ、しおしおとあゆみ去る。柳のかげより蟹いず。)
蟹 いい心持で午睡《ひるね》をしている枕もとで、泣いたり笑ったり、がやがや騒ぐので、すっかり眼がさめてしまった。あの蛙め、早くおれを呼び起せばいいのに、蛇にみこまれてふるえ上がって、もう声も出なくなったのだろう。ほんとうに弱い奴だ。(あざわらう。)しかし又、あの娘さんもあんまり無考えだな。いくら蛙が可哀そうだといって、自分も弱い女の癖に、うっかり差し出るからこんなことになるのだ。
(蛙の声きこゆ。)
蟹 蛙の奴め。自分の代りにあの美しい娘を人身御供《ひとみごくう》にして置きながら、平気で面白そうに唄っているが、娘の家では今ごろ大騒ぎをしているだろう。可哀そうなものだな。

          (二)

おなじ里、漆間《うるま》の翁の宿。
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