舞台にあらわれたる家の中はすべて土間にて、奥の間には古き簾《すだれ》を垂れたり。上のかたに大いなる土竈《どべっつい》ありて、消えかかりたる藁《わら》の火とろとろと燃ゆ。土間には坐るべき荒むしろと、腰をかくべき切株などあり。ほかに鋤《すき》鍬《くわ》の農具あり。打ちかけたる藁屑《もくず》など散乱す。下のかたには丸太を柱ととしたる竹門あり。門の外には大樹あり。樹の間がくれにかの蓮池遠くみゆ。
(白髪の翁と嫗は竈のまえに語る。)
嫗 どうも困ったことが出来《しゅったい》したが、お前さんはまあどうするつもりだね。
翁 どうするといって、これも因果とあきらめるよりほかはあるまい。
嫗 あきらめられるお前さんはしあわせだ。わたしにはどうしてもあきらめられない、十七のとしまで大事に育てた、かけがえの無いひとり娘を、おそろしい蛇の人身御供《ひとみごくう》にするのを黙ってあきらめていられるお前さんは、ほんとうに羨ましい。
翁 ええ、もう泣いてくれるな。おれだって人間だものを……。可愛い娘が蛇にみこまれたと思えば、おそろしいやら悲しいやらで、涙が胸一杯にせき上げて来るのを、歯をくいしばってじっと我慢して
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