お前と約束したのだ。
(娘は恐れて黙す。)
蛇 おまえの家はちゃんと知っている。今夜、酉《とり》の刻の鐘が鳴るのを合図に、おれはお前のところへ婿入りするのだ。いいか、忘れるなよ。
(云い捨てて蛇はしずかに歩み去る。娘はしばらく茫然としている。)
娘 さあ、大変なことになってしまった。あの蛇がわたしのところへ婿に来る……。まあ、どうしたらよかろう。蛇は執念が深いというから、一旦みこまれたが最後、どこまでもわたしに附きまとって来るに相違ない。あの蛇が……。あのおそろしい、いやらしい蛇がわたしのところへ婿に来る……。ええ、かんがえてもぞっとする。わたしがもっと強ければ、蛇なんか幾匹押し掛けてたって、門口《かどぐち》から追い払ってしまうのだけれども、わたしは女だ……弱い女だ。おとっさんやおっかさんも年をとっている。わたしの家には強いものは一人もないのだ。こうと知ったらあの蛙を救ってやるのではなかったものを……。ああ、わたしは飛んだことをして、飛んだものにみこまれてしまった。
(雨少しくふりいず。娘は空をあおぐ。)
娘 いつの間にか雨が降って来た。(柳にかけたる衣《きぬ》をはずす。)今夜はきっと
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