って美しい娘だ。俺をひどい目に逢わすようなこともあるまい。平気で唄でも唄っていろ。いや、そうでない。人は見かけに寄らぬものだ。まあ、一旦は隠れてた方が無事かも知れない。
(蛙は池にとび込みて、蓮の葉のかげにかくれる。漆間《うるま》の翁の娘、衣《きぬ》を洗わんとていず。)
娘 きょうもどうやら陰《くも》って来た。降らないうちにこの着物を洗って置こうか。(池をのぞく。)おお、池の水も澄んでいる。
(娘は池のほとりに立寄りて衣《きぬ》を洗う。蛙の声きこゆ。)
娘 おお、蛙が面白そうに唄っている。わたしも負けない気になって唄おうか。いや、いや、どこにどんな人がいまいものでも無い。人に聞かれたら恥かしい。まあ、まあ、黙って洗いましょう。
(蛙はしきりに鳴く。娘は衣《きぬ》を洗いおわる。)
娘 まあ、これでよし。そこの枝にかけて乾《ほ》して置きましょう。
(娘は柳の樹に衣《きぬ》をかけて去る。蓮の葉をかき分けて、蛙は再びいず。)
蛙 あの娘も遠慮せずに何か唄えばいいのに……。おれ達のは唄うと云っても、唯むやみに呶鳴るのだが、ああいう美しい娘の喉《のど》からは、さだめて鈴のような可愛らしい声が出るだ
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