るな。
(蟹は長刀を揮ってかかる。蛇は口より火をふきて奮闘。遂に蟹のために切倒さる。)
翁 さすがの蛇も蟹にはかなわないと見えて、長い鋏でずたずたに切られてしまった。やれ、やれ、ありがたい。これでまず安心した。
嫗 それにしても娘はどうしたろう。
(娘は奥よりいず。)
嫗 おお、娘。無事でいてくれたか。
翁 おお、娘……。(走り寄って娘を抱く。)
娘 おっかさん。
嫗 助かったか。
娘 助かりました。おそろしい蛇にまき付かれて、どうなることかと思っていましたら、この強い蟹がどこからかはいって来て、長い鋏で蛇を追いはらってくれました。
蟹 追い払ったばかりでない。二度とわざわいをなさないように、この通り亡ぼしてしまった。
青年 なるほど、お前は強いな。
蟹 おれは強い。強ければこそ弱いものを救ったのだ。弱い者が弱いものを救おうとするのは、泳ぎを知らぬ者が水に溺れたものを救おうとするようなもので、両方ともに沈んでしまうばかりだ。弱いものを救いたければ、自分がまず強いものになれ。おれのような強い者になって、弱いものを救うのが自然の順序だ。弱い奴等ばかりが蛆虫のようにあつまって、口のさきで慈悲
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