ている。この口を一度あけば大抵のものは一と息に呑んでしまうぞ。もう一度よく見ろ。おれのからだには鉄のような鱗が一面に生えている。この鱗をさか立てると大抵の矢も刀もとおすことはできないぞ。おれはこれほどの武器をもっているのだ。それを知らずに防ごうとするのは馬鹿な奴だ。
(青年《わかもの》を見てあざ笑う。青年は太刀の柄をすてて、更に弦の切れたる弓を取りしが、容易にかかり得ず、徒《いたず》らに睨みいるのみ。)
蛇 さあ、娘。こっちへ来い。
(蛇は袖をあげて差し招けば、娘は母の手を放れてふらふらと歩みゆく。蛇は娘の手を取りて奥に入る。翁と嫗とは茫然としてそのあとを見送る。)
青年 残念だが仕方がない。私にはひとを救うほどの力がないのか。
(青年《わかもの》は持ったる弓をなげ捨つ。やがて奥にて凄まじき物音きこゆ。)
翁 や、あの物音は……。
嫗 娘が長い蛇に巻かれて苦しんでいるのではあるまいか。
翁 どうかして助ける工夫は無いかなあ。
(翁と嫗とはうろうろして奥を窺ううちに、奥より蛇は髪をふり乱して走りいず。蟹は赤き甲《よろい》をつけ、かの長刀《なぎなた》を持ちて追い出ず。)
蟹 卑怯者め。逃げ
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