人々はただ黙して眼を見あわせ、いよいよ恐怖の念に襲わる。)
翁 ああ、駄目だ、駄目だ。おまえさんもやっぱり駄目だ。
(青年《わかもの》は残念そうに折れたる太刀をながめて立つ。しばしの沈黙。蛇は衣冠を着け、優美なる姿にて奥よりあらわる。)
翁 ああ、婿が来た。
嫗 え。(いよいよ娘を抱きしめる。)
蛇 約束の通り、婿に来たぞ。祝言の用意は出来ているか。
(人々答えず。)
蛇 酒の用意はあるだろうな。
翁 酒は沢山にたくわえてあるから、飲みたいだけ飲んでください。ほかにも欲しいものがあるならば、なんでも上げます。
蛇 それだから娘を貰いに来たのだ。
翁 その娘だけは……。どうぞ堪忍してくださるまいか。
嫗 ほかのことなら何でもききますから、どうぞこればかりは……。この通り、拝みます。
蛇 お前達はなんにも云わぬがよい。娘はとうに承知しているのだ。
青年 いや、その娘も不承知です。
蛇 お前もだまっていろ。今更故障を云うと、お前たちの為になるまい。これ、よく見ろ。おれの大きい眼はみがいた鏡のようにかがやいている。この眼で一度睨めば大抵のものは縮んでしまうぞ。おれの口には赤い舌が火のように燃え
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