年 大丈夫です。
(翁は再び奥よりいず。)
翁 もう何処もかしこもすっかり閉めて来たから、大丈夫だ。家には鼠が潜り込むほどの隙間もないぞ。
(雨風の音きこゆ。娘は物におそわれたように叫ぶ。)
娘 あれ、あれ、門《かど》に……。
嫗 (怖るおそる門をのぞく。)いや、外は真闇で、雨が降っているばかりだ。誰も来やあしない。
娘 でも、なんだか跫《あし》音が……。
嫗 しっかりおしよ。怖くはないよ。
青年 わたしがここにいます。
(しばしの沈黙。やがて一種の音して、青年《わかもの》の張りたる弓の弦は自然に切れる。人々おどろく。)
青年 や、弓の弦が切れた。
翁 あんなに太い弦が自然に切れた。
(人々は顔をみあわせてしばらく黙す。)
青年 どうも不思議なことがあるものだ。(考える。)弓が役に立たなければ、これで防ぎます。
娘 (又もや叫ぶ。)あれ、あれ。
嫗 なんにも来やあしないよ。
青年 わたしはこの剣を持っています。どんな魔物でも名剣の威徳にはかないません。これをじっと見ておいでなさい。自然に気が鎮まります。
(太刀を娘の前に差付けると、太刀は鍔ぎわより自然に折れる。今度は声を出すものなく、
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