のだ。蛇が蛙を呑むのはあたりまえのことだから、構わずに打っちゃっておけばいいのに……。
娘 あんまり可哀そうでしたから、つい助けてやる気になったのですが、今更思えばそれが悪かったのです。わたしもやっぱり蛙と同じように、弱い者であったのでした。
翁 おれも蛇よりは弱いのだ。
嫗 ここの家には蛇より強いものはひとりも居ないのだ。
娘 弱いものを救うには自分が強い者でなければならないということを、今初めてさとりました。自分をまもってゆくほどの力も無い者が、ひとを救おうとしたのはあやまりでした。もう仕方がありません。わたしは覚悟して時刻の来るのを待っていましょう。
嫗 待っていてそれからどうなるだろう。かんがえても怖ろしいことだ。
翁 むかしの稲田姫は八股《やつまた》の大蛇《おろち》に取られるところを、素盞嗚尊《すさのおのみこと》に救われたが、ここにはそんな強い男もあるまいよ。
嫗 それでもこのままに娘は渡されまい。約束の時刻になったなら、蛇がどこからもはいって来られないように、四方の戸をしっかりと閉め切って、夜の明けるまで張番をして居ようかと思うが……。
翁 でも、あしたの晩もまた来るだろう
前へ 次へ
全23ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング