返されるのも自然の約束だろうよ。蛇は弁天様の使わしめだ。
嫗 そう云いながら、お前さんだって泣いているじゃあないか。
翁 さっきから泣くまいと一生懸命にこらえているのに、おまえがそばからいろいろな愚痴を云うので、おれも我慢が出来なくなって来たのだ。
嫗 やせ我慢をしないで、泣きたいだけ泣いた方がいい。子を取られて泣く親のなみだが、神様のお目にとまって、思いもよらぬ御救いがないとも限らないから……。
翁 なんの、神様も仏様もあったものじゃあない。あてにもならないことをあてにしているうちに、時は猶予なくたってゆく。酉の刻にはもう半※[#「日+向」、第3水準1−85−25]《はんとき》もあるまいよ。
(翁はうつむきて嘆息す。嫗も泣く。奥の簾をかかげて娘いず。)
娘 おふたりともにもう泣いてくださるな。わたしは覚悟をきめています。
嫗 おお、娘……。(走り寄って娘を抱く。)おまえの覚悟は決まっても、わたし達の覚悟は容易にきまるものじゃあない。どうしても怖ろしい婿は来るかねえ。
娘 酉の刻の鐘を合図に、きっと来ると云いました。
翁 その鐘もやがて鳴るであろう。
嫗 お前は一体なぜそんな約束をした
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