うにも仕様がない。」と、彼は拳《こぶし》を握りしめながら罵るように叫んだ。
「君、まあ落ちついて話してくれたまえ。それじゃあ美智子はなにか変った死に方をして、君もその場に一緒に居合せたのだね。」
「むむ、一緒にいた。最後まで美智子さんと一緒にいたのだ。いっそ僕も一緒に死にたかったのだが……。どうして僕だけが生きたのだろう。」と、彼はいよいよ昂奮した。「君はおそらく迷信家じゃああるまい。僕も迷信は断じて排斥する人間だ。その僕が迷信家に屈伏するようになったのだ。僕は今でも迷信に反対しているのだが、それでも周囲のものどもは、僕が屈伏したように認めているのだ。」
 彼は一体なにを言っているのか、僕には想像が付かなかった。

     二

「まあ、聞いてくれたまえ。」と、清はあるきながら話し出した。「君も知っているだろうが、ここらじゃあ旧暦の盂蘭盆《うらぼん》には海へ出ないことになっている。出るとかならず災難に遭うというのだ。一体どういうわけで、昔からそんなことを言い伝えているのか知らないが、おそらく盆中は内にいて、漁などの殺生《せっしょう》を休めという意味で、誰かがそんなことを言いだしたのだ
前へ 次へ
全19ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング