海亀
岡本綺堂
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)家《うち》に
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)胃腸|加答児《かたる》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)正覚坊《しょうがくぼう》[#「正覚坊」は底本では「正坊覚」]
−−
一
「かぞえると三十年以上の昔になる。僕がまだ学生服を着て、東京の学校にかよっていた頃だから……。それは明治三十何年の八月、君たちがまだ生まれない前のことだ。」
鬢鬚のやや白くなった実業家の浅岡氏は、二、三人の若い会社員を前にして、秋雨のふる宵にこんな話をはじめた。
そのころ、僕は妹の美智子と一緒に、本郷の親戚の家《うち》に寄留して、僕はMの学校、妹はA女学校にかよっていた。僕は二十二、妹は十八――断って置くが、その時代の若い者は今の人たちよりも、よっぽど優《ま》せていたよ。
七月の夏休みになって、妹の美智子は郷里へ帰省する。僕の郷里は山陰道で、日本海に面しているHという小都会だ。僕は毎年おなじ郷里へ帰るのもおもしろくないので、親しい友人と二人づれで日光の中禅寺湖畔でひ
次へ
全19ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング