と夏を送ることにした。美智子は僕よりもひと足さきに、忘れもしない七月の十二日に東京を出発したので、僕は新橋駅まで送って行ってやった。
 言うまでもなく、その日は盆の十二日だから草市《くさいち》の晩だ。銀座通りの西側にも草市の店がならんでいた。僕は美智子の革包《かばん》をさげ、妹は小さいバスケットを持って、その草市の混雑のあいだを抜けて行くと、美智子は僕をみかえって言った。
「ねえ、兄《にい》さん。こんな人込みの賑やかな中でも、盆燈籠はなんだか寂しいもんですね。」
「そうだなあ。」と僕は軽く答えた。
 あとになってみると、そんなことでも一種の予覚というような事が考えられる。美智子はやがて盆燈籠を供えられる人になってしまって、彼女と僕とは永久の別れを告げることになったのだ。
 妹が出発してから一週間ほどの後に、僕も友人と共に日光の山へ登って――最初は涼しいところで勉強するなどと大いに意気込んでいたのだが、実際はあまり勉強もしなかった。湖水で泳いだり、戦場ヶ原のあたりまで散歩に行ったりして、文字通りにぶらぶらしていると、妹が帰郷してから一カ月あまりの後、八月十九日の夜に、僕は本郷の親戚から電
前へ 次へ
全19ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング