報を受取った。帰省《きせい》ちゅうの美智子が死んだから直ぐに帰れというのだ。僕もおどろいた。
なにしろそのままには捨て置かれないと思ったので、僕は友人を残して翌日の早朝に山をおりた。東京へ帰って聞きただすと、本郷の親戚でも単に死亡の電報を受取っただけで詳しいことは判らないが、おそらく急病であろうというのだ。誰でもそう思うのほかはない。残暑の最中であるから、コレラというほどではなくても、急性の胃腸|加答児《かたる》のような病気に襲われたのでないかという噂もあった。ともかくも僕はすぐに帰郷することにして東京を出発した。ひと月前に妹を新橋駅に送った兄が、ひと月後にはその死を弔らうべく同じ汽車に乗るのだ。草市のこと、盆燈籠のこと、それらが今さら思い出されて、僕も感傷的の人とならざるを得なかった。
帰郷の途中はただ暑かったというだけで、別に話すほどのこともなかったが、その途中で僕が考えたのは「清《きよし》がさぞおどろいて失望しているだろう。」ということだ。僕の実家は海産物の問屋で、まず相当に暮らしている。そのとなりの浜崎という家《うち》もやはり同商売で、これもまあ相当に店を張っている。浜崎と
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