ろう。僕はそう思って、今まで別に気にも留めていなかった。ところで、美智子さんがこの夏ここへ帰って来てから、夜も昼も一緒に小舟に乗って、二人はたびたび海へ遊びに出ていたのだ。ねえ、君。別に珍らしいことはないだろう。」
「むむ。」と、僕はうなずいた。夏休みで帰郷した美智子は、さだめて清と舟遊びでもしているだろうと、僕はかねて想像していたのであるから、この話を聞いても別に怪しみもしなかった。
「そのうちに、今月の十七日が来た。十七日は旧暦の盂蘭盆に当るので、ここらでは商売を休んでいる家《うち》も随分あった。浜では盆踊りも流行《はや》っていた。その日は残暑の強い日だったが、日が暮れてから涼しい風がそよそよ吹いて来た。昼間から約束してあったので、夕飯をすませてから僕は美智子さんを誘い出して、いつものとおり小舟に乗って海へ出ようとすると、僕のうちの番頭――あの禿《はげ》あたまの万兵衛が変な顔をして、今夜は盆《ぼん》の十五日だから海へ出るのはお止しなさいと言うのだ。
 盂蘭盆がなんだ、盂蘭盆の晩でも、大阪商船会社の船は出たり這入ったりしているじゃあないかと、僕は腹のなかで笑いながら、そしらぬ顔で表へ
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