がすり》の単衣《ひとえもの》に小倉の袴をはいただけの僕は、麦わら帽に夕日をよけながら、菩提寺《ぼだいじ》へいそいで行った。地方のことだから、寺は近い。それでも町から三町あまりも引っ込んだところで、桐の大木の多い寺だ。寺の門をくぐって、先祖代々の墓地へゆきかかると、その桐の木にひぐらしがさびしく鳴いていた。
見ると、妹の墓地の前――新ぼとけをまつる卒塔婆《そとば》や、白張《しらはり》提灯や、樒《しきみ》や、それらが型のごとくに供えられている前に、ひとりの男がうつむいて拝《おが》んでいた。そのうしろ姿をみて、僕はすぐに覚った。彼はとなりの息子の清に相違ない。顔を合せたらまず何と言ったものか、そんなことを考えながらしずかに歩みよると、彼は人の近寄るのを知らないように暫く合掌していた。それを妨げるに忍びないので、僕は黙って立っていた。
やがて彼は力なげに立上がって、はじめて僕と顔を見合せると、なんにも言わずに僕の両腕をつかんだ。そうして、子供のように泣きだした。清は僕よりも年上の二十四だ。大の男がその泣き顔は何事だと言いたいところだが、この場合、僕もむやみに悲しくなって、二人は無言でしばら
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