一個であったらば、たとい岸が遠いにもしろ、この場合、運命を賭して泳ぐということもあるが、美智子さんを捨ててゆくことはできない。二人が抱き合ったままで、舟と共に沈もうと決心して……。これも一種の心中だと思って……。それからさきは夢うつつで……。」
「そうすると、結局は舟が沈んで……。君だけが助かって、妹は死んだというわけだね。」
「残念ながら事実はそうだ。」と、清は苦しそうな息をついた。「おそろしい悪夢からさめた時には、僕たちふたりは浜辺に引揚げられていた。あとで聞くと、僕たちの帰りの遅いのを心配して、番頭の万兵衛がまず騒ぎだして、捜索の舟を出してくれたので、海のなかに浮きつ沈みつ漂っている僕たちが救われたというわけだ。なんといっても僕は水ごころがあるから、たくさんの水を飲まなかったので容易に恢復したが、美智子さんはだめだった。いろいろ手を尽くしたが、どうしても息が出ないのだ。こんなことになるなら、僕もいっそ恢復しない方がましだったのだ。なまじい助けられたのが残念でならない。僕たちの小舟はあくる朝、遠い沖で発見されたが、海亀はどうしてしまったか一匹も見えなかったそうだ。」
「死んだものは
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