らないと云つて、伯母は無理に要次郎を附けて出した。店を出るときに伯母は笑ひながら声をかけた。
「要次郎。おせきちやんを送つて行くのだから、影や道陸神《どうろくじん》を用心おしよ。」
「この寒いのに、誰も表に出てゐやしませんよ。」と、要次郎も笑ひながら答へた。
おせきが影を踏まれたのは、やはりこゝの家《うち》から帰る途中の出来事で、彼女《かれ》がそれを気に病んでゐるらしいことは、母のお由から伯母にも話したので、大野屋|一家《いつけ》の者もみな知つてゐるのであつた。要次郎は今年十九の、色白の痩形《やせがた》の男で、おせきとは似合《にあい》の夫婦と云つてよい。その未来の夫婦がむつまじさうに肩をならべて出てゆくのを、伯母は微笑《ほほえ》みながら見送つた。
一応は辞退したものゝ、要次郎に送られてゆくことはおせきも実は嬉《うれ》しかつた。これも笑ひながら表へ出ると、煤《すす》はきを済せて今夜は早く大戸《おおど》をおろしてゐる店もあつた。家中《うちじゆう》に灯《ひ》をとぼして何かまだ笑ひさゞめいてゐる店もあつた。その家々の屋根の上には、雪が降つたかと思ふやうに月のひかりが白く照り渡つてゐた。その
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