者にまかせて老人が、早朝から若い者どもと一緒になつて立働いたために、こんな異変をひき起したのであるが、左《さ》のみ心配することはない。静《しずか》に寝かして置けば自然に癒《なお》ると、医者は云つた。それで先《ま》づ一《ひと》安心したところヘ、おせきが駈けつけたのである。
「それでもまあ好うござんしたわねえ。」
 おせきも安心したが、折角《せつかく》こゝまで来た以上、すぐに帰つてしまふわけにも行かないので、病人の枕もとで看病の手つだひなどをしてゐるうちに、師走のみじかい日はいつか暮れてしまつて、大野屋の店の煤はきも片附いた。蕎麦《そば》を食《く》はされ、ゆふ飯を食はされて、おせきは五つ少し前に、こゝを出ることになつた。
「阿父《おとつ》さんや阿母《おつか》さんにもよろしく云つてください。病人も御覧の通りで、もう心配することはありませんから。」と、大野屋の伯母《おば》は云つた。
 宵ではあるが、年の暮で世間が物騒だといふので、伯母は次男の要次郎に云ひつけて、おせきを送らせて遣《や》ることにした。お取込みのところをそれには及ばないと、おせきは一応辞退したのであるが、それでも間違ひがあつてはな
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