師走《しわす》の十三日、おせきの家《うち》で煤掃《すすはき》をしてゐると、神明前の親類の店から小僧が駈《か》けて来て、おばあさんが急病で倒れたと報《しら》せた。神明前の親類といふのは、おせきの母の姉が縁付いてゐる家《うち》で、近江屋とは同商売であるばかりか、その次男の要次郎をゆく/\はおせきの婿《むこ》にするといふ内相談《ないそうだん》もある。そこの老母が倒れたと聞いては其儘《そのまま》には済されない。誰かゞすぐに見舞に駈《か》け付けなければならないのであるが、生憎《あいにく》にけふは煤掃の最中で父も母も手が離されないので、とりあへずおせきを出して遣《や》ることにした。
襷《たすき》をはづして、髪をかきあげて、おせきが兎《と》つかはと店を出たのは、昼の八《や》つ(午後二時)を少し過ぎた頃であつた。ゆく先は大野屋といふ店で、こゝも今日は煤掃である。その最中に今年七十五になるおばあさんが突然|打《ぶ》つ倒れたのであるから、その騒ぎは一通りでなかつた。奥には四畳半の離屋《はなれ》があるので、急病人をそこへ運び込んで介抱してゐると、幸ひに病人は正気に戻つた。けふは取分けて寒い日であるのに、達
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