悪くなるとか、寿命が縮むとか、甚《はなは》だしきは三年の内に死ぬなどと云ふ者がある。それほどに怖るべきものであるならば、どこの親達も子どもの遊びを堅く禁止しさうなものであるが、それ程にはやかましく云はなかつたのを見ると、その伝説や迷信も一般的ではなかつたらしい。而《しか》もそれを信じて、それを恐れる人達からみれば、それが一般的であると無いとは問題ではなかつた。
「馬鹿をいはずに早く奥へ行け。」
「詰らないことを気におしでないよ。」
 父には叱《しか》られ、母にはなだめられて、おせきはしよんぼり[#「しよんぼり」に傍点]と奥ヘ這入《はい》つたが、胸一杯の不安と恐怖とは決して納まらなかつた。近江屋の二階は六畳と三畳の二間《ふたま》で、おせきはその三畳に寝ることになつてゐたが、今夜は幾たびも強い動悸《どうき》におどろかされて眼《め》をさました。幾つかの小さい黒い影が自分の胸や腹の上に跳《おど》つてゐる夢をみた。
 あくる日は十三夜で、近江屋でも例年の通りに芒《すすき》や栗《くり》を買つて月の前にそなへた。今夜の月も晴れてゐた。
「よいお月見でございます。」と、近所の人たちも云つた。
 併《し
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