かれらは十三夜のぼた餅《もち》を歌ひはやしながらどつと笑つて立去つた。
相手が立去つても、おせきはまだ一生懸命に逃げた。かれは息を切つて、逃げて、逃げて、柴井町の自分の店さきまで駈けて来て、店の框《かまち》へ腰をおろしながら横さまに俯伏《うつぶ》してしまつた。店には父の弥助《やすけ》と小僧ふたりが居あはせたので、驚いてすぐに彼女《かれ》を介抱した。奥からは母のお由《よし》も女中のおかんも駈出《かけだ》して来て、水をのませて、落着かせて、さて、その仔細《しさい》を問ひ糺《ただ》さうとしたが、おせきは胸の動悸《どうき》がなか/\鎮《しず》まらないらしく、しばらくは胸をかゝヘて店さきに俯伏してゐた。
おせきは今年十七の娘ざかりで、容貌《きりよう》もよい方である。宵とは云ヘ、月夜とは云ヘ、賑《にぎや》かい往来とは云つても、なにかの馬鹿者《ばかもの》にからかはれたのであらうと親たちは想像したので、弥助は表へ出てみたが、そこらには彼女《かれ》を追つて来たらしい者の影もみえなかつた。
「おまへは一体どうしたんだよ。」と、母のお由は待ちかねて又|訊《き》いた。
「あたし踏まれたの。」と、おせきは声
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