子か目黒の滝へおせきを連れ出さうと企てたが、両親は兎《と》も角《かく》も、本人のおせきが外出を堅く拒《こば》むので、それも結局実行されなかつた。
ことしの夏の暑さは格別で、おせきの夏痩《なつや》せは著《いちじ》るしく眼《め》に立つた。日の目を見ないやうな奥の間《ま》にばかり閉籠《とじこも》つてゐるために、運動不足、それに伴ふ食慾不振がいよ/\彼女《かれ》を疲らせて、さながら生きてゐる幽霊のやうになり果てた。訳を知らない人は癆症《ろうしよう》であらうなどとも噂《うわさ》してゐた。そのあひだに夏も過ぎ、秋も来て、旧暦では秋の終りといふ九月になつた。行者《ぎようじや》に教へられた百日目は九月十二日に相当するのであつた。
それは今初めて知つたわけではない。行者に教へられた時、弥助夫婦はすぐに其日《そのひ》を繰《く》つてみて、それが十三夜の前日に当ることをあらかじめ知つてゐたのである。おせきが初めて影を踏まれたのは去年の十三夜の前夜で、行者のいふ百日目が恰《あたか》も満一年目の当日であるといふことが、彼女《かれ》の父母《ちちはは》の胸に一種の暗い影を投げた。今度こそはその蝋燭《ろうそく》のひ
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