をたづねると、老いたる行者は又かんがへてゐた。
「それでは私にも祈祷《きとう》の仕様がない。」
 突き放されて、弥助も途方にくれた。
「では、どうしても御祈祷は願はれますまいか。」と、かれは嘆くやうに云つた。
「お気の毒だが、わたしの力には及ばない。しかし、折角《せつかく》たび/\お出でになつたのであるから、もう一度ためして御覧になるがよい。」と、行者は更に一本の蝋燭を渡した。「今夜すぐにこの火を燃《もや》すのではない。今から数へて百日目の夜、時刻はやはり子《ね》の刻《こく》、お忘れなさるな。」
 今から百日といふのでは、あまりに先が長いとも思つたが、弥助はこの行者の前で我儘《わがまま》をいふほどの勇気はなかつた。かれは教へられたまゝに一本の蝋燭をいたゞいて帰つた。
 かういふ事情であるから、おせきの婿取りも当然延期されることになつた。あんな行者などを信仰するのは間違つてゐると、要次郎は蔭でしきりに憤慨してゐたが、周囲の力に圧せられて、彼はおめ/\それに服従するのほかは無かつた。
「夏の中《うち》にどこかの滝にでも打たせたら好からう。」と、要次郎は云つた。かれは近江屋の夫婦を説いて、王
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