を寝かせた。おせきは二階の三畳に寝た。胸に一物《いちもつ》ある夫婦は寐《ね》た振《ふり》をして夜のふけるのを待つてゐると、やがて子《ね》の刻《こく》の鐘がひゞいた。それを合図に夫婦はそつと階子《はしご》をのぼつた。弥助は彼《か》の蝋燭《ろうそく》を持つてゐた。
二階の三畳の襖《ふすま》をあけて窺《うかが》ふと、今夜のおせきは疲れたやうにすや/\と眠つてゐた。お由はしづかに揺《ゆ》り起して、半分は寐ぼけてゐるやうな若い娘を寝床の上に起き直らせると、かれの黒い影は一方の鼠壁《ねずみかべ》に細く揺れて映つた。蝋燭を差出す父の手がすこしく顫《ふる》へてゐるからであつた。
夫婦は恐るゝやうに壁を見つめると、それに映つてゐるのは確《たしか》に娘の影であつた。そこには角《つの》のある鬼や、口の尖《とが》つてゐる狐《きつね》などの影は決して見られなかつた。
四
夫婦は安心したやうに先《ま》づほつとした。不思議さうにきよろきよろ[#「きよろきよろ」に傍点]してゐる娘を再び窃《そつ》と寝かせて、ふたりは抜き足をして二階を降りて来た。
あくる日は弥助ひとりで再び下谷の行者《ぎようじや》
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