《こく》(午後十二時)にその蝋燭の火を照して、壁か又は障子《しようじ》にうつし出される娘の影を見とゞけろと云ふのである。娘に何かの憑物《つきもの》がしてゐるならば、その形は見えずとも其《その》影があり/\と映る筈《はず》である。その娘に狐が憑いてゐるならば、狐の影がうつるに相違ない。鬼が憑いてゐるならば鬼が映る。それを見とゞけて報告してくれゝば、わたしの方にも又相当の考へがあると云ふのであつた。かれはその蝋燭《ろうそく》を小さい白木《しらき》の箱に入れて、なにか呪文《じゆもん》のやうなことを唱《とな》へた上で、うや/\しく弥助にわたした。
「ありがたうござります。」
 夫婦は押頂《おしいただ》いて帰つて来た。その日はゆふ方から雨が強くなつて、とき/″\に雷《らい》の音がきこえた。これで梅雨《つゆ》も明けるのであらうと思つたが、今夜の弥助夫婦に取つては、雨の音、雷の音、それがなんとなく物すさまじいやうにも感じられた。
 前から話して置いては面倒だと思つたので、夫婦は娘にむかつて何事も洩《もら》さなかつた。四つ(午後十時)には店を閉めることになつてゐるので、今夜もいつもの通りにして家内の者
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