「それでは面白いでしょう。」と、博士は微笑した。「私は九州の生れではあり、殊に旅行は好きの方であるから、学生時代にも随分あるき廻りました。その後も郷里へ帰省するたびに、時間の許すかぎりは方々を旅行したので、九州の主なる土地には靴の跡を留《とど》めているというわけです。あなたは今度の旅行は本線だけで、佐賀や長崎の方へお廻りになりませんか。」
「時間があれば、そっちへも廻りたいと思っています。それに、Mの町には私の友人が旅館を営んでいるので、ついでに尋ねて見たいとも考えているのですが……。」
「Mの町の旅館……。なんという旅館ですか。」と、博士は何げないように訊《き》いたが、その眼は少しく光っているようにも見られた。
「Sという旅館です。停車場からは少し遠い町はずれにあるが、土地では旧家だということで……。その次男は東京に出ていて、わたしと同じ学校にいたのです。」
「その次男という人は国へ帰っているのですか。」
「わたしと同時に卒業して、東京の雑誌社などに勤めていたのですが、家庭の事情で帰郷することになって、今では家の商売の手伝いをしています。」
「いつごろ帰郷したのですか。」
それか
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