《ねだい》に登《あが》ったが、眼は冴えて神経は鋭く、そよ[#「そよ」に傍点]との風にも胸が跳《おど》って迚《とて》も寝入られる筈がない、その中《うち》に段々、夜も更《ふ》けて恰《あたか》も午前二時、即ち昨夜《ゆうべ》とおなじ刻限になったから、汝《おの》れ妖怪変化|御《ご》ざんなれ、今夜こそは其《そ》の正体を見とどけて、あわ好《よ》くば引捉《ひっとら》えて化《ばけ》の皮を剥《は》いで呉《く》れようと、手ぐすね引いて待構《まちかま》えていると、神経の所為《せい》か知らぬが今夜も何だか頭の重いような、胸の切ないような、云うに云われぬ嫌な気持になって、思わず半身《はんしん》を起《おこ》そうとする折こそあれ、闇《くら》い、闇《くら》い、真闇《まっくら》な斯《こ》の一室が俄《にわか》にぱっ[#「ぱっ」に傍点]と薄明るくなって恰《あたか》も朧月夜《おぼろづきよ》のよう、扨《さて》はいよいよ来たりと身構えして眼を瞠《みは》る間《ひま》もなく、室《しつ》の隅から忽《たちま》ち彼《か》の貴婦人の姿が迷うが如くに現われた。ハッと思う中《うち》に、貴婦人は昨夜《ゆうべ》の如く、長い裾《すそ》を曳《ひ》いてする
前へ 次へ
全21ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング