彼《か》の恐しい婦人の姿も共に消えて了《しま》った、私は転げるように寝台から飛降《とびお》りて、盲探《めくらさぐ》りに燧木《マッチ》を探り把《と》って、慌てて座敷の瓦斯《ガス》に火を点《とぼ》し、室内昼の如くに照《てら》させて四辺《あたり》隈《くま》なく穿索したが固《もと》より何物を見出そう筈もなく、動悸《どうき》の波うつ胸を抱えて、私は霎時《しばらく》夢のように佇立《たたず》んでいたが、この夜中《やちゅう》に未《ま》だ馴染《なじみ》も薄い番人を呼起《よびおこ》すのも如何《いかが》と、その夜は其《そ》のままにして再び寝台へ登《あが》ったが、彼《か》の怖しい顔がまだ眼の前《さき》に彷彿《ちらつ》いて、迚《とて》も寝られる筈がない、ただ怖い怖いと思いながら一刻千秋の思《おもい》で其《その》夜《よ》を明《あか》した。と、斯《こ》ういうと、諸君は定めて臆病な奴だ、弱虫だと御嘲笑《おわらい》なさるだろうが、私も職業であるから此《こ》れまでに種々《いろいろ》の恐しい図を見た、悪魔の図も見た、鬼の図も見た、併《しか》し今夜のような凄い恐しい女の顔には曾《かつ》て出逢った例《ためし》がない、唯《ただ》
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