見ました」と辻褄《つじつま》のあわぬ返事、主人は愈《いよい》よ不思議そうに眉を顰《ひそ》めたが、やがて俄《にわか》に笑い出して、「あなた、其《そ》の人に逢った事がありますか。それは百年も以前《まえ》の人です、アハハハハ」と、斯《こ》う云われて私も気が付いた、成《なる》ほど其《そ》の仔細を知らぬ主人《あるじ》が不思議に思うも道理《もっとも》と、ここで彼《か》の別荘の怪談を残らず打明《うちあ》けると、主人《あるじ》もおどろいて面色《いろ》を変えて、霎時《しばし》は詞《ことば》もなかったが、やがて大息ついて、「世には不思議な事もあるものですな、実はこの婦人に就《つい》ては一条の噺《はなし》があるので」と、曩《さき》に彼《か》の別荘の番人が語った通りの昔語《むかしかたり》、それを聞けば最早疑うべくもないが、いまは百年も昔の事、其《そ》の以来|曾《かつ》て斯《かか》る怪異《あやしみ》を見た者もなく、現に十五六年来も其《そ》の別荘に住む番人夫婦すらも、曾《かつ》て見もせず聞きもせぬ幽霊の姿を、無関係の私が何《どう》して偶然に見たのであろう、加之《しか》も二晩もつづけて見るというのは実に解《げ》し兼
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